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カテゴリー: 山(想い)

ご先祖様と繋がる

去年、祖父母のお墓参りをしていると、突然声をかけられました。その方は父親の従妹にあたり、声をかけてくださったとのこと。僕はその方の存在を知らなかったのでとても驚きです。その方もご親族のお墓参りに来られていて、その偶然にさらに驚きました。

 

祖父母とは小さい頃にしか会えなかったので、どんな方だったか知りたいなぁとずっと思っていたので祖父母を知る方や足立家のルーツを聞きたいという話をすると、よく知っている方がいるから今度おいで、とおっしゃっていただきました。

 

そのご縁で今日数年ぶりに伯父さんを訪ね、祖父母のことや父のことも聞くことができました。家のことを意識してお話ししたのは初めてでとても素晴らしい時間でした。

 

家のことを意識し始めたのは数年前から。そのきっかけは歴史。
政治家になることを決めてから、歴史を学びました。

 

なぜ歴史か。

 

学生にも伝えるのは、就職活動をする際、まずするのが自己分析。自己分析は自分のこれまでを振り返ること。自分の未来を決めるにあたり、まずは自分の過去を知る必要があります。それは国や自治体にとっても同じこと。

政治家は未来を描く仕事でもあります。そのためには国や自治体の歴史を知る必要があります。そして国の歴史を学ぶなかで、自分の家の歴史についても思いが至るようになりました。しかし思いが至るようになった時には祖父母は亡くなっており、父親に尋ねても祖父は寡黙だったのでありあまり知らないとのこと。その状況から今回急展開。祖父の父親のそのさらに上の方々のお墓参りもできることになりました。ありがたいことです。

 

自分の親は2人、祖父母は4人、曽祖父母は8人
10代さかのぼると1024人、
20代さかのぼると104万8576人
30代さかのぼると10億7374万1824人
ここまでくるともうどんなけ~、というくらいの数ですが、このご先祖様が1人でも欠けていると僕は存在していなかったので、すごい奇跡なのだなぁと思うのです。そのこと自体に感謝をささげる。僕が死んで、5代あとくらいの子がお墓に挨拶にくるとうれしいだろうな~と思うので、今度僕が行ってきます。3代より前のご先祖様のお墓。

 

ちなみに足立といえば丹波。丹波といえば足立。というくらいみなさんのお近くの足立さんもほとんど丹波出身のはず。もちろん僕も。是非みなさんもルーツについて意識を持ってみてください。

メメント・モリ

5年ぶりくらいに母校に行ってきました。目的はラクロスのOB戦。ラクロスも4年ぶりくらい。

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グランドが人工芝生になっていて、とてもいい練習環境。ちなみに六甲台のグランドは冬は凍ります。本物の六甲おろしは颯爽ではなく、凍えます。

 

大学生活のすべてを捧げたラクロスですが、すべてを捧げただけあって本当にいろんなことを学ばせていただきました。

 

試合が終わり、歩いて帰ったのですが懐かしい光景がいっぱいで、いろいろ蘇ってきました。

 

その中でも一番大きかったのが、19歳の5月に事故をした道路。自分の不注意と身勝手さでたくさんの方に迷惑をかけてしまい、自分の命も落としかけた事故。

 

あれからもう11年も経つのか、と思います。あの経験は自分の死生観を大きく変え、人生も変える経験でした。あれがなければ政治家を目指すこともなく漫然と生きていたのではと思います。

 

ドクターカーで運ばれている車内、お医者さんに「僕は死ぬんでしょうか?親に本当に申し訳ない」と言っていたのを覚えています。

 

次に気づくとベッドの中。目が覚め手足が動くことを確認し、生きていてよかったと、心から感謝しました。

 

それまでの僕はあまりやる気もなく周りに対して不平ばかり言っていたような気がします。

 

こんな僕でも奇跡的に生き残ったのだからなにか役目があるはずだと、スキマスイッチの全力少年がヘビーローテーションだったFM802が流れる、重篤の患者さんが入る病室で考えていました。

 

また、人はいつ死ぬかわからない、ということを身体でわかった経験でもありました。

 

せっかくの人生なんだから思いっきり生きよう。

僕は髪の毛をよく短くするのですが、その時に剃り込みのようなものがあります。それは当時の手術の痕。ぼくにとってのメメント・モリ。死を意識するから生が意識できる。

改めてそんなことを考えることができたラクロスのOB戦。

どっちも正しいということ

昨日もある方のご相談を受けて考えていたこと。先日関西大学商学部で講義をした時に民主主義について説明するときにこの絵を使いました。


  

何に見えますか?という質問に対し、お婆さんと答える学生。
えっ??とリアクションしてくれた他の学生、
まじでナイスリアクションでした。みなさんももういっぺん見てください。


  

これは有名なだまし絵で、お婆さんにも見えるし、若い女性にも見えます。どちらに見えたか聞いてみると半々くらい。別にどっちにも見えるからどっちも正解です。一つの絵をどういう風に見るかという見方の違い。

 


議員をやってひしひしと分かりますが民主主義ってほんまにこんな感じです。例えば一つの公共施設を財政的な理由から廃止しようとなった時、使う人からすると『なに言ってんだ、こんな大事な施設。財政のためにすべきことなんて他にやることあるだろー!この施設ないと困るだろーがー!』となりますが、

使ってない人からすると『あら、そんな施設あったの?財政の為?壊したほうがいいわね。』となるわけです。


もっとわかりやすいのが介護保険料の値上げや年金支給額の減少。現役世代、特に若い世代の負担を考えれば介護保険料は値上げすべきだし年金支給額は減らした方がよいけれど、高齢者の生活を考えればそんなことはなかなかできません。


ひとつの事実を取り上げた際、見方によると良い政策にもなるし悪い政策にもなる(誰々にとって〜という主語をつけてくださいね)既得権益と呼ばれるものも、それができた経緯にはそれなりのものがあるわけで。


さて、そんな民主主義ですが、問題は政治家にはダメージを受ける側の声がとても大きく届く。逆に便益を受ける側の声は全くと言って良いほど聞こえない。ということです。もうね、びっくりするくらい便益を受ける側の声は届きません。ほんま出してくださいよ。というくらい。

 

先ほどの施設の話で言えば、廃止反対運動や署名活動はおこるけど廃止賛成運動は起きない。介護保険料値上げ反対運動や署名活動は起こるけど賛成運動は起きない。


で、問題は政治家がさそこでどうするか、ということ。目の前で展開される反対運動に賛同すべきか。サイレントマジョリティーを信じて反対派に非難されながら賛成するのか。反対運動に賛同すると目の前の人には大変褒められるのでそれは気分がよいことでしょう。でも実際は全体のことを考えるとよくないと思っている場合はどうなのでしょう。

 

もちろん、少数派の意見が駄目だと言いたいのではなくて、全体のバランスで見たときにどこを落としどころにするのかということ。汲み上げなければならない少数意見はたくさんあって、少数だからこそなかなか政策実現せずに厳しい想いもします。

何を胸に仕事をするのかが政治家の矜持。自分の何に対して、市民が投票してくれたのかを想い続けられるのかが腹の置きどころ。政治家としてかっこよく生きていきたいと思うのでこんなことも考えています。答えはないんですけどね。

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